2018年10月10日

起床 6時41分

朝 うどん
昼 トースト
夜 うどん、サンマの塩焼き、冷奴、わかめサラダ

自分にとって完璧なモノを求め、いくつでも機械を買い換える。
パソコンだったり、カメラだったり、携帯電話を。
でも、そんなものは内的意識にあるモノなので、理想の機器が見つかるわけが無い。
少し前まで、こんな感じだった。
いまは必要な物があればいいと考えてる。
あればいいというのは、所有にこだわらずということ。

Windows10の音声認識で文書を書こうとしているのだが、これが思ったように使えない。
iOSの音声認識はとても優秀で、なんの努力も無く、機能をOnにするだけで使えるのに、マイクロソフトのコルタナや音声認識は簡単では無い。
視線入力などの先進的な機能を標準搭載しているのだから、今後はある程度簡単に利用できる様に改善してくれると嬉しい。

カメラバッグを探しているが、どれを選んでも結局おなじサイズ感。
コンパクトに収めたいが、ラップトップコンピュータを含めるとこうなるみたいだ。
昔の11インチMacBook Air11インチみたいに、奥行きの少ないものだと少し選べる。
いまのバッグを当分使おう。

週末の仕事は楽しい。
社員として閉じた組織に属しているが、ぼくが従事する現場は、その日に違うメンバーが集合する。
前日に「明日は××でお願いします」と指示を受けて、そこへ出勤する。
そんな現場はオープンな組織といえる。
閉鎖的な組織特有の息苦しさが無い。
起きたことを小さく見せ、失敗しても隠蔽することも無い。
偉くなりたいという人も居ないから、裏切ったり陥れる人もいない。
失敗すれば皆で考えて改善する。
オープンというのは、こういう事なのだろう。

今日は、歩きながら様々な事が頭に浮かぶ。

寂しさや悲しさに包まれると何もできなくなる。そこに日常と言う腹減ったとか言う要素があるから持ち直して頑張れる。

貧乏神というのはいるが、貧困神というのはいない。
貧乏は貧乏なりになかなか楽しく、高速代が無いから国道を走り、ああここが中山道かと気付いたり、見たことのない景色にふれる。
お金がないのでちょっと気になったと言うだけで本を買わないので、本棚が散らかることもない。
他の人と違う事は、そうだな、カフェでコーヒーを飲む事や居酒屋へ行くことが無いくらいか。

何も持たない人に宗教というのは親和性が高いのだろう。
親戚もいない、友人もいない、親兄弟も居ない、そんな人が組織に属する安心感を得られる。
我が国に多数ある宗教の一面として、そんなのがあると感じてる。

脱携帯電話を目指しているのに、携帯電話とアドレス予定表が同期できないと言うことで難儀している。
同期できないなら携帯電話でスケジュール管理をしなければいいわけなのに。
連絡先が同期されないからといって、どうということはない。
それなのに、執着している。

携帯電話と言う具像にふりまされているのかもしれない。
コンピューター上のOutlookだけで管理したところで、相手に伝わるメッセージが変わるわけでもないのに。

隣の真似をする文化がある。
お隣さん、大きな車買ったんだって。
うちも欲しいね。
この価値観が、この国をおかしな方向へと導く。

人の不幸を撮って金になると言うことの本質は、悲しみの中にいる人の、演じる余裕のなさにあるのだろう。
それを見た人は井戸端会議のネタにし、怖いわねえなんて言いながら、自分は幸せだと暗示をかけるのである。

ラブホテルがとにかくつまらない。
客のニーズに合わせることを覚えてから、多様性が無く、感性を刺激するようなものが出てこない。

サンマの顔って、ちょっとかわいい。

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